またまた暗い日記です。葬儀、出棺時の個人的な日記内容になります。



1月30日(火)
実は、日本到着した昨夜から、Airbnbで借りた部屋の暖房が効かない。全く、動いてる様子なし。昨晩は、もう遅かったので、管理者に連絡する事なく、そのまま布団を被って寝たが、一気に日本の冬を思い出しましたわッ!

布団から出てる部分、鼻の頭とかが冷たい。もトイレも冷やっヒヤ。朝、起きて、色々エアコンをいじって見たら、動きだしたので、ヨッシャーっと思いきや、20分ほどでまたOFF。どーにもこーにも寒くて、家の中に居れたもんじゃないので、管理人に連絡し外出しました(その後、直してくれたみたいで、ちゃんと動きだした。)

朝10時頃、実家へ。亡き父の希望により、お通夜や葬儀は教会では行わず、近しい親戚少人数での葬儀を実家で行う事となっていた。家に入ると父は、ただ眠っているかの様にベッドに横たわっている。それまで、全然平気だったのだが、顔を見た瞬間、ワーッとが溢れてきた。ただただ「やっぱり悲しいなぁ」と、そう感じた。

お昼13時過ぎに親戚の叔父や叔母が到着。14時から教会の牧師さんが到着し葬儀がはじまった。キリスト教プロテスタント系の葬儀では、牧師は故人の略歴や人柄を語ったり、聖書の朗読、祈祷、故人の好きだった賛美歌を斉唱したりする(ちなみに、教会ならオルガンなのだろうが、牧師さんは、ギター持参で賛美歌の演奏されました。

15時、納棺
葬儀屋の方が、手伝ってくれ、父の遺体を棺に移動。遺体の周りをで埋め尽くす。黒い布に白字の十字架が描かれたカバーを棺にかけ、親戚一同と共にタクシーで火葬場へと移動。

16時頃、火葬場に到着。
牧師が最後の祈りを捧げ、棺の小窓から父の顔を見て最後のお別れをする。ここから、火葬場の炉の中へ柩が運び込まれ、点火スイッチが押された。

火葬には1時間ほどかかり、別室に休憩しつがあるのだが、大勢の同じ様なご家族、関係者がお茶を飲んだり、軽食を食べたりしながら火葬終了を待っていた。さすがに、ガイコクジンは、JM1人であった。

17時頃、骨上げ
火葬が終わり、骨上げ(収骨)へ向かう。見事なまでに骨だけになっていた。頭の方から強い火力で燃やすらしく、頭蓋骨が結構、砕けてる。ココまで来ると、父への寂しさや思い出よりも、サイエンス的な興味が湧いて来る。72歳だった父、火葬場の方曰く、まだ(遺体としては)若い方らしく、骨は硬い方らしく、バリバリ押したりしないと砕けない(もっと高齢になると骨も弱って簡単に砕けるそう)。火葬場の方が、骨の部位などを説明してくれた。

通常、プロテスタントの教えでは、偶像(物)を拝んだり祭ったりしない為、死後の骨や体は大事にとっておく様なものではなく、ただの物になるのだが、父は、生前、「骨は全部取って納骨してくれ」っと希望していたらしく、馬鹿でかい骨壷を用意していた。叔母曰く、祖母がなくなった時も父は、骨を全部拾いたがったらしく、父は骨に思い入れがあったようだ。

パンパンに詰まった骨壷を抱えて17時半頃には帰路へ。


一旦、みんなで、再度タクシーで実家まで帰り、少しお話しし、親戚も高齢の上、2時間ほどかかる所から来ているので早めに解散。夜は、母と妹、私とJMのみで夕飯を外に食べに行き、この日は終了。


私は、(今の所)「死んだらお終い、体には何の意味もない。」っと感じる方なので、自分が死んだ後の体は「焼くなり煮るなり、ご自由に」っと考えている。だが、今回、亡くなった後ではあったが、父の最後の姿を魂のない死体であったとしても見ておいて良かったと感じる。父(死にゆく者)が「必要ない」と言ったとしても、残された者として、上手く説明できないが、死んでしまった者とのお別れ(告別)ができたのは価値があったと強く感じた。






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